僕が「しまさん」になった日 #しまさんの独白

いつもと違う記事を書こうと思った。

僕自身が「嶋田」という人間をやめて、「しまさん」に変わったときのことを。

嶋田は生きづらかった

僕は本名を「嶋田尚教」という。大体初対面の人は読めない。(なぜかお寺出身者は読める人が多い)

読み方は「しまだひさのり」だ。

名前は気に入っている。個人的には。

でも人間としては正直好きじゃない。

なんだろう、好き嫌いじゃなくて気に入るか気に入らないかのほうが客観的に感じるので、「気に入らない」

背が低く、横のほうが大きい。彼女いない歴は24年、つまるところイコール年齢だ。

ご飯はよく食べるが、お金を稼いでいない。

踏ん切りをつけるのがへたくそで、何かをする前にすごく思考をして、自分と審議して、人と審議して始める。

行動力の塊とは言えなくて、いわゆる目立てるインフルエンサーのような素材はない。

気分屋。

ここまで、欠点書きまくったけど、もちろんいいところもあるにはある。

作業のスピードは「並みの人よりは早い」。

お寺の知識、会計の知識、情報開示の知識、ウェブの知識であれば「並みの人よりはある」。

早寝早起きが得意。

実はPOP作成とかアイキャッチ作成とかが得意。

やりたいことにはとことん。

ここまで出てくればいいじゃないと思う。いやわからんけど。

苦しい、の果てに

▲高校卒業時の僕。

ここまでスキルや自己理解(とはいえないにせよ)ができてきたのは、正直大学以降である。

中高時代は、本当になにもできないガリ勉君だった。いじめられてたし。

具体的には「自分でなにかイメージして、行動すること」ができない、ただ与えられた勉強を最大限すること(もできているか怪しかった)ガリ勉君だった。

それは今も名残があるんだけども。

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言い方を極端にすれば「夢のない、希望のないヒトという生物」だった。

中学入学時は勉強もできないタダのデブだったので、中学3年間で「勉強ができる」が追加されただけまだましだった。

高校3年間で勉強ができる以外の能力をほぼ失った(野球ボールを投げると120㎞/h出ることが増えたくらいか)。

でもいじめられて、汚物扱いやただのがり勉扱い(アレ?)。自信なんかなかった。スクールカーストは最下層のほうが近かった。

ただそのころ、「しまさん」と名前がついてからは「勉強について」は慕われるようになった。勉強についてはすごく尊敬された。

でもその尊敬は「教えてもらおう」という上から目線が混ざったものだった。「それ以外はお前より上」という態度をいろんな人がとっていた。

自尊心もくそもない。

でも喜んでくれるから教えたし、そのおかげで何人か卒業が危なかった同級生を救った。感謝されたっけ?わからない。

かくして、高校を卒業して、入試は「お寺の会計を勉強して、お寺を変えたい」と話して受かったところに行った。(実話)

大学時代は、「しまさん」という人間として生きた。友達も増えたし、なぜか学科の有名人になっていたし、毎日何かかしら活動しているアクティブ人間で、チームをまとめて企画を作ったり、野球で全国大会に行ったり、生協学生委員会という組織の役割を自ら作ったり、もちろんお寺の会計の研究にもイメージ通り没頭できた。

いろいろできたし手に入った。資産になったのは間違いない。

(大学での話はこちらも読んでください>>>)

生まれ変わった、と思いこんだけども

かくして、「しまさん」に生まれ変わったと思った。

ここまでの流れから見たら完全に「私生まれ変わってこうなった!成功した!」という話である。例えば自己啓発セミナー参加者の声のような。

でも違った。何かがズレた。

そうだ。あくまで僕は「嶋田尚教」ではなく「しまさん」という人間が生まれただけで、「嶋田尚教」もちゃんと生きている。

でも「しまさん」が生まれてもできていないことがあった。それは、「嶋田尚教」が持っている絶大なる(そして絶望たる)欠点と向き合い、治療すること。

その欠点と向き合い続ける、いつかは克服する人生かもしれないし、むしろ一生付き合うものかもしれない。わからない。

だから、この際さらけ出そうと思う。

並みの人間ができて然るべき?「信頼する力」

僕に圧倒的に欠けていて、修復するのが大変な欠点というのは、シンプルかつ一番難しいことだ。

その欠点とは「人を信頼することが苦手」であること。

それは、

「相手を信頼して任せきる」

「相手を信頼して話しきる」

「相手を信頼してやらせる」

これらがすべからくできないということでもある。

つまり、「チームのリーダーとなって指示して最大限の動きを出していけるようにする」ということができないため、できることの限界が自分の限界と等しくなることでもある。

ここまでは働くだけなので、そういう仕事を選ばなければOKなのだが、生活面でも大きな穴が開く。

「友達として、悩みを打ち明けていくこと」

「知見を持っている先輩に素直に相談していくこと」

「好きになってほしいから好意を伝えていくこと」

などがことごとくできない。

それは、

「友達として、悩みを打ち明けていくこと」→気が付いたら言いふらせていたら怖い

「知見を持っている先輩に素直に相談していくこと」→相談したら別の上司に伝わって、炎上する不安

「好きになってほしいから好意を伝えていくこと」→結局好きにはならないんだろうなという懐疑心

というところである。

根源をたどると、小学校、中高で相談をすると別の友達や先輩に伝わっていて、大ごとになったことが多発したので(しかも相手は遊びのつもりなことも多かった)、人に何かを伝えることは死ぬリスクを抱えるという認識だった。

思い切ること、でもね

ここまで、思い切って独白した。

弱さは出しなさい、という話があって、それが結局自分の癒しにつながるから書いた。

でもね、ひとつ言いたい。

このような人間を生んだ社会が悪いとは思わない。

僕自身の育ち方が悪かった以外に何者でもない。

なにも解決しない文章だ。

ほかに書いたものは「お寺のソリューション」足りうる内容とか「公益性とは」について明晰に分析した論文とかなのに。

あ、でも何かは解決する。

僕の癒されない部分を癒してくれる人を探すためには、この手段が一番かもしれないな、と。

 

なので、そんな僕のつぶやきだけでも、見てくれる人がいることがうれしい。

記事を読んでいる人がいることがうれしい。

だから、誰か救われたい人の力になれると思っています。

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